懐深くフットワーク軽く

自分が執刀した患者が再発して抗癌剤治療をしても奏功せずどんどん弱っていく.入退院を繰り返して仕舞には病院で亡くなっていく.最期を看取る.勤務医の自分は「それで仕方ない」と,患者の人生を考えずに治療に専念しているだけでした.でも自分が勤務医の約15年前の時代にはそれが当たり前だったような気がします.勤務医時代のある時,胃癌再発末期患者が寝たきりとなったものの外泊されることになり,様子を見に行ったところ,家族に見守られる中,やめられないタバコをはにかみ笑いながらおいしそうに吸われていました.それを見た勤務医の自分は,目からうろこが取れ,“Be the Best Home Surgeon”という言葉を作り発奮奮起し開業に至りました.初めは末期癌患者の在宅療養依頼から始まり次第に認知症・フレイルや臓器不全患者の割合が増え,現在までに訪問診療に携わった患者は240人です.内訳は,認知症・フレイル患者が140人,癌末期患者が77人,臓器不全患者が23人ですが,その内146人が亡くなられ,自宅で76人,自院で55人看取りました.

訪問診療を始めて良かったことは,まず,訪問することによっていろいろな所を知ることができたことです.小回りの利く軽自動車の便利さが良く分かり,運転が上手くなり覚えた道筋のレパートリーが増えてきました.田舎道は細く急な坂道も多く軽自動車でなければ通れないところがたくさんあります.「こんな山奥からこんな体でよくぞ通って来て下さったものだ」と申し訳ない気持ちになることもあります.更には,医療介護に携わる多職種の方との出会いが増え顔も広くなってきたことです.在宅療養には訪問看護が欠かせません.訪問看護師と連携していれば呼ばれることもそんなにありません.正に訪問看護師さまさまです.また,勤務医時代にはわからなかった介護の世界を理解することができるようになりました.実は開業前に介護支援専門員の試験に挑戦したことがあったのですがとても難しかったので介護支援専門員には畏敬の念を持っています.介護支援専門員は医療と介護の橋渡しになる存在でありいろいろ考えて段取りをしてくれます.そして何よりも,自分が“懐深くフットワークを軽くする”ことにより患者・患者家族が頼りにしてくれるようになったこと,です.顔を見に行くだけで安心していただける,元気を出していただける,報酬をいただける.ある訪問医が「自分は偽善者ではないか」と言っていましたが,実際に訪問診療することにより在宅患者の急変・入院の割合が減っていることから,決して訪問医は偽善者ではないと思います.

どんどん進んでいる少子高齢化時代の医療介護を乗り切っていくために必要なことは,医療介護福祉保健に携わっている多職種の方が同一方向のモチベーションで連携することが必要です.その主役はやはり何科に関係なくかかりつけ医の医師でないといけません.他の市町よりも柳井医療圏では行政と医師会を中心に連携が着実に進んでいるようですがまだまだ不十分です.何故なら主役である医師が本気でないからです.先日,周東総合病院で開催された合同情報交換会では,「希望する棲家で最期を迎えることができる地域を目指すために~それぞれの役割でできることを考える~」というテーマで208名もの多職種の方が参加されたようです.守田名誉院長・馬場院長のもと,毎年,会を盛り上げる労を足られている地域医療福祉連携室のスタッフの方々には本当に敬意を表します.8名単位のグループワーク形式でしたが,いろいろな職種の方と顔見せ話し合いができ,壇上で前濱医師会長と福字副看護部長の名司会の下,行政の組長にコメントをいただきました.9割方は当り障りのない答弁でしたが,医療介護を理解されていないようなコメントや,医師不足の悩みなどの本音のコメントも聞くことができ,有意義な会であったと思います.

通院患者が年を取るにつれて通院できなくなられた時に,今度は代わりに訪問して診に行く.体が悪いのにわざわざ来ていただいた代わりに,お礼奉公ではないけれど義理と人情で訪問診療してあげる.開業医であればその時間は十分に取れると思います.診療以外に教育や研究をされているような超専門医でなければ,訪問して患者・患者家族に安心を与えることぐらい誰でも可能だと思います.それで患者・患者家族に感謝され尊敬されるのだから,医者冥利に尽きるとは正に訪問診療のことです.リレー原稿の機会をいただき,訪問診療の良さについて,これからの開業医のあるべき姿について,訴えてみました.団塊世代が後期高齢者になる2025年に向かって,訪問診療が当たり前になっていくことを期待しています.もっとも今の世の中,70代80代でも現役の方がたくさんおられるので,そんなに切羽詰まっている問題でもないかもしれませんが,・・・